
おはようございます、院長の今野です。
映画館って、やっぱりいいですよね。合間を見てはついついレイトショーに・・・。
自分自身のことなのに、普段は気づけない色々な考えや感情に出会えたり、何気ない日常の在り方や有難さを改めて感じられたり。私にとって映画は最高の気分転換で、いつもついつい足を運んでしまいます。
そんな中で、先日観てきたのが中野量太監督の『私はあなたを知らない、』です。
「家族の在り方」を問いかける非常に重厚なヒューマンサスペンス作品で、観る人の境遇や立場によって、全く異なる感想や解釈が生まれる奥深い映画だと思います。ここから先は、あくまでシングルファーザーとして子どもを育ててきた「私個人」が、自分の経験に引き寄せて感じた一つの見解として読んでいただければ幸いです。
作品を観終わった後、私の中に残っているのは、何とも言えない複雑で、静かな余韻です。
この映画の中で、私が同じ「親」という視点に立ったとき、どうしても強く心が揺さぶられた部分がありました。それは、登場人物たちが選んでいく「選択」の行く末です。
劇中のシングルマザーである女性は、天涯孤独な主人公を自分の子育ての環境に巻き込んでいきます。主人公は、自分の仕事の時間を削ってまで、5歳の子どもの面倒を懸命にみつづけ、子どもも彼にすっかり懐いていました。
それなのに、なぜ彼女は彼と「別れる」という選択ができたのか。
世間体を気にしたのか、大人の勝手な都合なのか……。あそこまで自分たちを支え、子どもに愛情を注いでくれた存在なら、何があっても泥臭く一緒に生き、添い遂げるべきではないのか――。必死に家族の形を作ってきた一人の親として、私の中にはそんな切ない疑問が浮かんでしまいました。
そして何より、その大人の選択に翻弄され、置いてけぼりになってしまう「子どもの気持ち」を想うと、胸がキュッと締め付けられるような思いがしました。
人は環境や状況で変化していくものです。劇中の彼らにも、そうせざるを得ない孤独や焦りがあったのだと思います。ただ、この映画を観て私が強く確信したのは、「劇中の大人たちが選んだ全ての選択が、私自身の選んできた道とは180度、完全に真逆である」ということでした。
私にとって、子育てや家族を作るということは、自分の都合で誰かを巻き込み、状況が変わったからと切り離すようなものではありません。
私にとっての「変わってはいけない軸」とは、我が子の気持ちを何よりも第一に考え、一番の味方であり続けること。そして、一度手を取り合って作った家族の絆からは、何があっても絶対に逃げずに添い遂げることです。
映画の受け止め方は100人いれば100通りあると思います。正解・不正解ではなく、この作品の持つ人間の弱さや脆さの描写が凄まじかったからこそ、私は「自分はこれからも、この優しくも強い軸だけはブレずに守っていこう」と、改めて我が子への真っ直ぐな愛を誓うきっかけをもらいました。





